雨が屋根や窓を叩く音は、一向に鳴り止む気配を見せない。 真っ暗な外の景色が時折激しい閃光に照らし出され、直後に凄まじい轟音が響く。 暴風雨と落雷が猛威を振るった、そんなある日の出来事だった。
 
「何か大変な事になっちゃったね……。あ、また光ってる……」
「もう日も暮れたってのに……大丈夫なのかしら」
 ポトとミトが憂鬱そうに窓の外を眺めながら話している。
「……フェルナンドの馬鹿……」
 ミカエラがため息まじりに呟く。
 部屋の片隅では、ルトが何も言わずに三人のそんな会話を聞いていた。
 
 その日の昼の事だ。フェルナンドは身支度をして村の外へと向かおうとしていた。
 その側には、心配そうに彼の後を付いて歩くミカエラの姿がある。彼女は、今から出掛けると言う彼を止めようとしているようだ。
「大丈夫だって。気にしすぎだよ、ミカエラは」
「でも……」
 笑いながら話を軽くかわそうとする彼に、彼女は尚も食い下がった。
「今日はフェルナンドに悪い事が起こる予感がするの。それに、この日は昔から厄日とされてるし……」
 彼女は普段から趣味として占いをする事も多かった。 その的中率はなかなかのもので、周りからの評判も上々だ。
 無論、彼だって彼女の占いの実力はよく知っている。だが、彼も引こうとはしなかった。
「そんなに心配する事もないよ。なるべく早く帰ってくるから」
 その言葉を聞いても、彼女はまだ何か言いたそうな様子でいる。
 それを見て意志が一瞬揺らぎそうになった彼だが、遂には意を決して強行突破という手段に出た。
「……ごめん! ホントにすぐ帰ってくるから!」
「あっ……ちょっ、待って!」
 彼女は制止の声をあげたが、間に合わない。彼は既に振り向いて駆けだしていた。
 追おうと試みるも、やはり遅すぎた――彼女には、小さくなっていく彼の後ろ姿をただ見送る事しかできなかった。
 
 それっきり、日が暮れてしまった今もまだ彼は帰ってきていない。さらに悪い事に、夕方あたりから今にかけて天候が大荒れし始めたのだ。
 そうして今に至り、四人はそんな中で彼の帰りを待ち続けていた。雨音に混じって聞こえる時計の秒針の音がいつもより大きく感じる。その短針は十一を、長針は十二を示している――十一時ちょうどだ。
「だから……あの時、あれほど……」
 そう呟くとミカエラはぎゅっと唇を結び、押し寄せる焦燥感を必死に抑えていた。
 ――今、彼はどこで何をしているのだろうか。何事かに巻き込まれてはいないだろうか……。
 その事ばかりが気にかかっているらしく、傍目に見ても気が気でない様子である。
 
 それを見かねたのか、ポトが皆に向けて提案した。
「みんなでフェルナンドにいちゃんのトコに行ってみようよ。いくら何でも遅すぎるよ……」
「でも、どこに行ったかも解らないのにどうしたら……」
 ミトが不安そうに言う。突然飛び出していってしまったため、彼のいる場所は当然誰も知らない。
 しかし、ミカエラはすがるような思いで言った。
「……私、探しに行ってみる。フェルナンドが向かっていった方向くらいなら解るから……」
 少しでも早く彼の無事を確認したい……言葉からも表情からも、彼女のそんな思いがはっきりと伺えた。
「じゃあ、行ってくる。夜遅くになっちゃったから、みんなはもう寝て――」
「いや、それなら俺たちも一緒に行かせてくれ」
 彼女の言葉を遮り、ルトが静かに立ち上がる。それに続いてポトとミトもミカエラの側へと駆け寄ってきた。
「僕たちなら大丈夫だよ! だから一緒に行く!」
「ミカエラちゃんまでいなくなっちゃったら、私たちも余計に不安だもの」
 迷い無くそう言う三人に、彼女は内心元気づけられる思いだった。
「……みんな、ありがとう」
 彼女の言葉に三人は笑って頷く。そして、彼らは一斉に外へと飛び出していった。
 
 *****
 
「はぁ……散々だったなぁ、本当に……」
 村から少し離れた所にある小さな森……フェルナンドはそこにいた。
 ミカエラに言われた通り、彼にとって今日はとんでもない厄日だったようだ。
 軍服を着た色白の男に何故か追い回されたり、死神のような小人に背後から鎌で狙われたり、黒服の格闘家に理不尽な絡まれ方をしたり……特に目立った件だけ見てもこの有様である。挙げ句の果てには、街中で『ポップン観光』と書かれたバスに轢かれる始末だ。
 立て続けに不運に見舞われて時間を大幅に無駄にし、彼は既に疲弊しきっていた。
 
 しかし、彼には必ず今日ここに来ると決めた理由があった。明日以降だと遅すぎるかもしれない……その思いがひたすら彼を動かした。村を出て、街を抜けて、ようやくここまでたどり着いた――距離としては大したことは無かったが、彼にとってはとても長い長い道のりだった事だろう。
 そして彼は今、一本の木の下で鞄を抱えて座り込んでいる。
 
「まさか、本当に今日この時間に来るとはな……」
 傍らから彼に声をかけたのはロキだった。彼女はあらかじめ事情を聞いており、彼が今日ここに来る事を知っていた。
 彼女の声が聞こえると、彼はそちらへと振り返って返事をする。
「はい、午後から雨や風が強くなると聞いたもので」
 彼は静かに笑いながら続ける。
「でも、間に合って良かったです……一時はどうなる事かと」
「全く、無茶をする……」
 ロキは呆れているとも感心しているともとれる声で言った。
 落雷は収まり、雨足もだいぶ弱まったが、風はまだかなりの勢いがある。
「……目的も果たせたんだから、早く帰ってやれ。皆が心配するだろう」
 ロキはそう促すと、彼の帰り道を示すように木々の間を抜けて歩いてゆく。そんな彼女に置いて行かれないよう、彼もその後ろを追うように走っていった。
 
 *****
 
「さて……これからどうしよっか」
 辺りをきょろきょろと見回してミトが言う。
 四人は彼が来たと思われる小さな街の広場にいた。
 だが、ここまで着いたは良いものの、フェルナンドがここからどこに行ったのかまでは解らない。彼らはただその場で彼が来るのを祈るように待つ事しか出来ずにいた。
 果たして、彼は帰ってくるのだろうか……四人の中の不安が深まる。  彼らの気がいよいよ滅入ってしまいそうになったその時、こちらに向けて歩いてくる二つの人影が見えた。
 その姿を見たミカエラは、いち早く叫び声をあげて側へと駆け寄っていった。
 
「フェルナンドっ!」
「あ、みんな。……どうしたの、こんな所で?」
 悠長なその言葉を聞いて、彼女はキッと彼を睨み付ける。
 ――平手打ちの一発でも飛ぶか。
 周りの皆はすぐにそう思った。当のフェルナンドも、彼女の勢いに気圧されたのか多少たじろいだ様子を見せる。
 しかしミカエラは、全身の力が抜けていったようにふらりと彼にもたれかかった。
「……ミカエラ?」
 そっと彼女の肩を抱き、フェルナンドが彼女に呼びかける。
「心配……させないでよね、もう……」
 彼女は絞り出すようにそう言い、疲労と安堵を込めて大きくため息をついた。
 それを見ていた皆も安心し、ようやく一息つく事が出来たようだった。
 
「でも……何でこんな日にこんな所まで?」
 その少し後に、ポトがフェルナンドにそう尋ねる。ポトだけではなく、ミカエラたち四人がずっと気にしていた事だ。
 それから彼は思い出したように「そうそう」と呟くと、足下に置いてあった大きめの鞄を拾い上げた。
「ほら、これ……カニバルの実!」
「……えっ?」
 鞄いっぱいに詰まった、綺麗なオレンジ色の実。それを見たミカエラは思わず声をあげた。
 カニバルの実はとても甘く、そしてほんの少しだけ酸味があって、尚かつ口当たりも良い。ミュジーク街の周辺に多く生息する木から採れる物で、彼女の昔からの好物だ――もっとも、旅の都合もあって彼女もここしばらくは口にしていなかったが。
「その木ならここにも一本だけある、ってロキさんから聞いたからさ……」
「今がちょうど実が熟する時期だからな」
 フェルナンドとロキが口々にそう話した。
 カニバルの実は気候の変化に弱く、収穫時期も短い。彼がこの日に慌てて家を出たのは、激しい雨や風で実が落ちて潰れてしまわないようにするためだ。夕方からの暴風雨で潰れた実も多いが、今採った分は幸いまだ木に残っていたらしい。

 それを聞いたミカエラは少しの間唖然としていた。そして彼女は率直な疑問を彼に投げかける。
「……そのためだけに、わざわざ?」
 彼女の問いに、フェルナンドは少し照れたように笑って頷いた。
 そんな彼に対して真っ先に呆れと少しの怒りを露わにしたのはミトである。
「ったく、私たちがどれだけ心配したと思ってんのよ!」
 彼女は彼の背中を強く叩きながら言う。一方のミカエラたちは肩の力がすっかり抜けてしまったようだった。
 
「その実、ロール村にも植えてみたらどうだ? 折角兄貴が採ってきたんだし」
「あ、それ良いアイディア! 明日辺り、早速やってみない?」
 ルトが呟くように提案し、すかさずミトがそれに賛成する。
 フェルナンドとミカエラはそんな彼らの様子を微笑ましげに見つめていた。
「……これからはあまり無理はしないでね」
「うん、反省してる」
 ミカエラに釘を刺され、彼は改めて今日の道中を振り返る。――確かに、あんな災難の中にまた自ら飛び込もうという気はあまり起こらなかった。
「それと、その……、……ありがとう」
 それから、彼女は少し照れたようにそう言った。――散々心配させられた事には少し怒っているが、彼が自分のために頑張ってくれていた事は彼女も素直に嬉しかった。
「……うん」
 彼女のその一言、その笑顔が彼にとって何よりの収穫だった。 彼もこの時ばかりは一日の疲れや苦労を全て忘れ、ささやかな幸せと満足感をかみ締めていた。
 
「さあ、それじゃ早く帰ろう! とにかく、無事で良かったよ!」
 程なくして、ポトが明るい声でそう言った。ミカエラもまた笑ってそれに答える。
「そうね。もう日付も変わる所だし……」
 ようやくこの不運な日も終わる……そう思うと、皆の気分も軽くなった。フェルナンドと、彼の身を心底から案じているミカエラにとっては尚更の事だ。

 だが、皆は知らなかった。
 この不幸はまだ完全には終わっていないという事を。
 
 *****
 
「さて……用も済んだ事だし、早く帰って休むといい。何せこんな時間だ、皆疲れているだろう」
 ロキが真っ暗な空を見てそう勧めた。五人は彼女に礼を言い、帰り道へと振り返る。

 そうして歩きだそうとしたその時、ミカエラはふと自分の足下で何かが動いているのを見つけた。
 そして、それが何であるかを理解した瞬間、彼女は真っ青になって飛び退いた。
「ひゃっ……!?」
「! ミカエラ、危ないっ!」
 彼女が見たのはトカゲ。……彼女が大の苦手とするものだ。
 幸か不幸か、彼女が動いたその先には鞄を抱えたフェルナンドがいた。
 彼は咄嗟に持っていた鞄を宙に投げ出し、その代わりに自分の方へと倒れてきた彼女を抱き留める。
「ご、ごめんなさい、私……!」
「僕なら大丈夫。……だけど、鞄が……!」
 彼が慌てて視線を向けたその先にあるのは先程まで彼が持っていた鞄だ。
 カニバルの実の詰まったその鞄は、放物線を描きながら空中を飛んでいる。このままだと、中身は無事では済まない――皆は瞬時にそう悟った。
 その時、近くにいたロキがいち早く状況を飲み込んで行動に出た。彼女はすかさず駆けだして地面を強く蹴って跳び、両腕でしっかりと鞄を受け止めた。
「……!!」
 直後、ロキとフェルナンドは驚きのあまり絶句する。……だが、気付いた時にはもう既に手遅れだった。
 飛び上がった彼女のすぐ前方にはフェルナンドの姿があったのだ――結果、彼女が軌道を逸らす事も彼が回避する事もままならず、彼女の膝がものの見事に彼の顔面に直撃した。
「……あ……」
 その場にいた全員――いや、ただひとりフェルナンドを除いた五人が、唖然とした声を漏らす。
 その後、彼は声をあげる事も無くよろめいて、やがて勢いよく仰向けに倒れた。
「す……すまない、悪かった! おい、生きてるか!?」
「な、な……ちょっと、しっかりして! い、急いで回復魔法を……っ!」
 限界スレスレの体力にとどめの一撃を喰らい、彼は完全に気絶している。
 必死に詫びを入れながら彼の身体を揺さぶるロキと、慌てて杖を振りかざすミカエラ。二人の悲鳴に近い声と、ポトとミトがおろおろと騒ぐ声……それら全てが夜の闇に消えていく。あまりの状況に、ルトはその様子を呆然と見ている事しか出来なかった。
 
 ――ちょうどその時に、今は誰もいない家の中で、0時を告げる時計の音が響いていたとか何とか。














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キャラブックにあったミカエラの設定を無駄遣いしまくってしまいました(
カニバルの実って食べる物なのかな。勿論、色とか味とか栽培地域その他は勝手な想像です。
それと、「8ししゃもでロープレバトルをフィバクリすると……」というあのネタも使ってみたくて……(笑)。
そしてラストは見事な回避失敗ぶりで〆……なんか色々ムチャクチャですみません(