辺りはうっすらと闇に覆われている。ひんやりとした空気の中、虫の声が涼しげに響く。
 旅の途中で立ち寄って滞在中のここロール村は、夜になると昼間の賑やかさとは打って変わった静寂が訪れる。人々が寝静まった中、ミカエラは外でひとり座り込んでいた。
 後ろから扉の開く音がした。続いて、扉を閉める音、そしてこちらへと近づいてくる足音が聞こえる。足音は彼女の真後ろでピタリと止まった。振り向いた先にはこちらを見つめる人影がある。
「ミカエラ」
 人影が彼女に呼びかけた。彼女は視線を上へと移した。
「……フェルナンド」
 人影と目を合わせ、彼女はそう返して微笑んだ。
「どうしたの? こんな時間に」
 フェルナンドはそう尋ね、彼女の横に腰を下ろす。
「ちょっとね……月を見てたの」
 彼女は空を見上げてそう答えた。それを聞いた彼も空へ視線を向けた。言われたとおり、そこにはとても美しい月が見える。そしてその美しさを周りで淡く輝く星々がより一層際立てている。
 二人はしばらくの間、何も言わずにそんな光景を眺め続けていた。
 
「ポプンディア王国やミュジーク街のみんなも、同じ月を見てるのかな」
 ミカエラがふとそんな事を呟く。
「多分」
 フェルナンドは曖昧にそう答える。二人は少しの間月を見つめたまま黙っていた。
「元気かなぁ、みんな」
 沈黙を破り、彼女が懐かしそうに言う。
 故郷を出て旅をし始めてからどれほどの年月が経っただろうか。
 この長い旅に出ると決めた時の二人の覚悟が生半可なものではなかったのは確かだ。だが、時々自分たちを暖かく見送ってくれた人々を、自らの生まれ育った故郷を、恋しく思う事もある。
 彼ら自身、その事は自覚していても普段はあまり口には出す事は無い。こんな時だからこそ、彼女もふとそんな事を思ったのだろう。
「……多分」
 彼は先程と全く同じ答えを口にした。敢えて曖昧に答える事で、郷愁に打ち負けるのを彼なりに防いでいるのかもしれない。
 
 月が少しずつ雲の陰に隠れ、その姿が徐々に不鮮明になり始めた。
「フェルは……向こうに帰りたいって思った事、ある?」
 彼女は唐突に、そして至って率直にそう尋ねる。
「……あるよ」
 尋ねられてから少し間を置き、彼はそう答える。それを聞いて、彼女は空を眺めたまま「私もそう思ってる」と呟いた。
 彼はそれから更に間をおいて再び口を開いた。
「でも、僕はまだ帰らない。やるべき事も、やりたい事も、まだたくさん残ってるから」
 ――この世界を平和にしたい。
 ――まだ見ぬ土地へと旅してみたい。
 ――戦いの中で剣の道を極めてみたい。
「目的も目標も、考えれば考えるだけ浮かんでくる。だから、今はただそれを追いかけていたいんだ」
 言いながら、様々な感情が溢れ出しそうになる――その思いを胸に秘め、希望に満ちた表情を浮かべて彼はそう語る。
「……出来ることなら、君と一緒に」
 瞬間、ミカエラの表情が変わる。彼女は彼の横顔を眺め、穏やかに微笑んだ。
「私も……そう思ってる!」
 そう言った彼女の晴れやかな笑顔に、彼もまた勇気づけられるような思いを感じた。

 少しの間、静寂が訪れた。
 自分だけではどうする事も出来ない局面も、仲間がいるからこそ越えてくる事が出来た。自分には心強い味方がいる。だからこそここまで戦い続けていられたのだ。
 互いに相手を心から信頼し、ずっと助け合ってきた大切な仲間。そして、全てを委ねる事の出来る最高のパートナーが、こんなにも近くにいるのだから。
 涼しくも温かい沈黙の中で、彼らの思いは重なっていた。
 
 雲が晴れ、月が再びその美しい姿を見せた。
 二人はお互いの方へと視線を向ける。ふと目があった彼らは同時に微笑み、そっと肩を寄せる。
「今日は月が綺麗だね」
「……うん」
 柔らかい月明かりに包まれながら、その晩二人は静かに寄り添い合っていた。
 
 
 
 
 
 
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非常にわかりやすく某文豪さんリスペクト全開ですね(笑)。
場所設定をロール村にした事もあって、ロープレ組なのに雰囲気がノスタルジック寄り。