「ありがとうございましたー! …………」
 十二月某日。世間はいわゆるクリスマス。どこを見てもお祝いムードに満ちている。
 ここ、ゆうマートも例外ではない。パーティ向けのご馳走にグッズ、今が書き入れ時とばかりに品物が立ち並ぶ。

 そんな中でも、僕の一日には特に変わり映えが無い。せいぜい、客が増えて忙しくなる程度だ。速さと正確さを兼ね備え、一円の誤差も出さないと評判の、自他共に認めるレジ打ち技術が一番光る時……なのかもしれない。
 ……とは言っても、僕だってたまにはクリスマスムードで浮かれてみたい。これまでも、これからも、特にそんな予定は無い。一緒に祝う相手もいない。身内だとか、叶うならば想い人だとか、誰かと一緒にいられればきっと素敵な日になりそうなのだが。
 ちなみに、毎日のようにアイスを買いに来るアイツは今日は姿を見せなかった。先日、クリスマスパーティの準備だとかで大量の買い出しをしていた。今日がその当日なのだろう。
 なんでも、魔界総出の超・大規模なパーティの主催で大忙しだとかいう話だ。……こんな時にこうも圧倒的なセレブリティを見せ付けてこられるとは。まさに魔王の所業。そう、忘れがちだが、アイツは魔王だった。それなりに仲良くやっていけるかとも思ったが、やはり相容れる事の無い運命なのだろう。……私怨ではない。断じて。
 
 実は僕にも、密かに想いを寄せる相手はいる。同じくゆうマートの店員の姫様。店長こと王様の娘さんだ。彼女と目が合った日はなんとなく気分も上向く。ささやかな幸せ、とでも言おうか。
 だが、今日は彼女の姿を見ていない。シフトが違っているので当然といえば当然なのだが、やはり少々残念だ。
 そういえば、彼女の交友関係、というより恋愛事情に関する噂は不思議と聞かない。外野から余計な詮索をする気は無いが……正直、ちょっと気になる。なにしろ、誰が好きなんじゃないかとか、そんな話さえも聞いたことが無い。噂好きな人種がいくらでもいるこの環境で、だ。もしかすると、既に内密に親しくしている相手がいるのかもしれない。僕が全く知らないだけで、側にはもう素敵な王子様やら騎士様やらがいる可能性、というのも……。――――。
 …………やめよう。僕はそのうち考えるのを止めた。
 むざむざ夢を砕くような真似をする必要もあるまい。希望を抱くだけならタダだ。そう、タダなのだ。タダとは素晴らしい響きだ。このご時勢、お金というものの価値は重い。世間には「愛と金、どちらがより大切か」という命題があり、その答えは未だ出ていない。つまり金とは、「愛」などという大層なものと同等かそれ以上の価値を持っているということ。世の中、金だ。きっと、多分、間違いなく……――

 そんな思考、いわゆる現実逃避に没入しながらもやるべき仕事はきっちりこなす。買い物はホットスナックから煙草まで、さらに通販の精算と品物の受け渡しから公共料金のお支払いまで何でもお手のもの。品出し、掃除、その他雑務もバッチリだ。
「お疲れ様でした。お先に失礼します」
 今のスタッフには暇な人……いや、仕事に熱心な人が多いのだろうか。イブにまで仕事が、と嘆いてみたはいいものの、ある種肝心の夜にはシフトが入っていない。……特に予定も無いのに。これはこれで少し空しい気もした。
 実働時間は同じでも、今日はいつもの倍は働いた気がする。少しは時給に反映されないかな、などと淡雪よりも淡い希望を抱きながら一人家路に着くのだった。

「……うーん」
 それにしても、僕は何故こんな日にわざわざ人で溢れる大通りなんかを帰り道に選んでしまったのか。……ある種の、無意識下での自虐なのだろうか。家族連れに、やけに賑やかな集団に、良い雰囲気の二人組。辺り一面そんな人々でごった返す中、特に意味も無く一人で歩く僕。荒んだ心には少々沁みる光景だった。
「あっ」
「え?」
 無駄に後ろ向きな気分になってきたところで、僕の方に駆け寄ってくる人影が見えた。よく確認してみれば、それは確かに見知った顔だった。
 彼女は朗らかな笑顔で僕の名を呼ぶ。
「ああああさん、こんばんは! ……私、わかります?」
「えーと、あなたは……、……ミカエラさん?」
 少しの間を置き、念のための確認をする。もう何度か会ってはいるのだが、まだ名前を呼ぶにもすぐには断言しきれない。
「覚えてくれたみたいで何よりです」
 そう言って笑う彼女に、僕は苦笑いで返すしかなかった。……人の顔と名前を覚えるのは苦手だ。みんな僕くらいシンプルで覚えやすい名前だったらいいのに、といつも思う。
「えーっと……どうしたんですか、その格好」
「見ての通り、サンタ衣装です」
 我ながら間抜けな質問だったが、彼女は楽しげに答えてくれた。いつも赤い服を着ている彼女だが、サンタ服となるとまた違う趣があるような気がした。
「そしてこっちはマスコットの『シカくん』です」
 続いて、彼女は傍らにいる着ぐるみを紹介してくれた……が、しかし。
 シカ。何故、鹿なのだろう。クリスマスに。鹿。あと一歩ほど惜しいチョイスに疑問を抱く。
「……シカ、ですか」
「『シカくん』です!」
 口にした傍から、わりとどうでもいい所を訂正された。……何故だか彼女はちょっと自慢げな顔をしていた。
「言いたいのはそこじゃなくて……うーん」
 シカくん。その名前にこだわりがあるのだろうか。そういえば、どこかの界隈では何とかくんさんとか呼ばれ崇められているネズミもいた気がする。こちらもきちんと『シカくんさん』とお呼びするべきだろうか。何にせよ、名前へのこだわりというのはちょっとわかる気がした。
 そんな事を考えたのは何秒間ほどだったろうか。ふと、ミカエラさんと目が合った。彼女は思い出したように口を開く。
「と・こ・ろ・で、ああああさん! このクリスマスケーキ……」
「買いません」
 ……そろそろ来ると思っていた。あらかじめ用意しておいた答えを、やや食い気味に返す。販売促進のサンタ衣装にも簡単には釣られてやらない。
「即答!? い、いくらなんでも早すぎじゃ……」
 早押しクイズもかくやという返答速度に、流石の彼女も面食らった顔をしていた。……もう少しくらい、流れを読んであげてもよかったかもしれないが。
「聖夜に野郎一人でケーキ食べろって、今の僕には酷な話です」
「えぇー……」
 とりあえず理由はそんな風に告げておく。実際、五割弱ほどはそれで間違っていない。
 しかし何より今は、財布が寒いのだ。開き直って一人ケーキパーティも悪くはないのだが、金銭的には正直それどころではない。なけなしの1000P札と、小銭が約111P分。これでどうにか来年まで凌げるか、そんなギリギリのサバイバル。300Pの出費は痛すぎる。――何度でも言う。世の中、金なのだ。
 そんな心境を知ってか知らずか、彼女は納得がいかないとばかりに問うてくる。
「ああああさんくらいになれば、一緒に食べる人くらいいくらでもいるんじゃないですか?」
「いませんよ。僕、ずっと一人パーティでしたし」
 やはりここでも苦笑いで茶を濁す。もう、癖のようなものかもしれない。

 それから、何故かしばらくの間二人と一匹の井戸端会議のようなものが続いていた(一匹は全く喋らないが)。
「――そんな訳で。いいんです、僕はソロ充というヤツですから。一人でいるのが落ち着くんですよ」
「何でも一人でこなせる人、というのも憧れますね。誰かと一緒に旅するのも良いものですが……」
「まあ、それは……僕も一度は体験してみたいかな、とは思いますが。そうだ、ミカエラさん、今度僕と一緒にクエストでもどうですか? 物は試しに」
「あ、そう来ましたか。ふふ、私は高いですよ?」
 ……黙ってこちらを見つめているシカくんさんが少し気になるが、それなりに軽いノリで話ができて、気分も上向いてきた。フランクに話せる相手がいるというのは、悪くない。彼女を誘うかどうかは別にして、今度、真剣にパーティメンバー募集を検討しようかという気になってきた。
「ですよねー。やっぱり優秀な人は一筋縄では……、……ん?」
 ふと、誰かの気配を感じて振り返る。そこでちょうど、いるはずがないと思っていた人と目が合った。
「……あっ……」
「えっ……」
 お互い、一瞬の戸惑いと焦りが浮かんでいるようだった。
「ひ、姫様!? ど、どうしてここに……、……じゃなくて……!」
「ゆ、勇者さま……! あ、あの、その、わたし……」
 ……会話が成立していない。このままでは埒があかない。一、二、三、五、七、十一……素数を数えて心を落ち着けようと思ったのだが、最初に一を数えてしまった辺り、素数の女神様に怒られてしまいそうだった。

 少しの間。なんとなく流れてしまいそうな時間。
 ――勇気を出すなら、今しかない。そんな気がした。
「……あの」
 顔を上げ、声をかける。相手が一瞬きょとんとしたのがわかった。
「……あ、私ですか?」
 声をかけられた相手――ミカエラは、突然話を振られて少々面食らっていたようだった。しかし……
「ケーキ、ふたつ頂けますか」
「あ……、はい。500Pになります。どうぞ」
 用件を伝えると、彼女はすぐさま対応してくれた。その察しと手際の良さ、勇者パーティの一員たる肩書きは伊達ではないと小さな事からでも実感させてくれる。

 二つのショートケーキを受け取り、そっと向き直る。「彼女」は、まだ少し状況が掴めていないようだった。
「姫様」
「えっ?! は、はいっ!!」
 そんな姫様に、ケーキを一つ差し出す。彼女は反射的に受け取りつつも、僕とケーキの箱、交互に視線を動かしていた。
「これ。良ければ食べてください」
「え……? あ、あの……」
「折角ですから。お嫌いだったらすみません」
「い、いえっ、そんな事はっ!!」
 彼女の言葉に、とりあえずは一安心した。ここで断られようものなら完全に示しがつかなくなる所だった。勇者だって、いや、勇者だからこそ、格好付けたい時もあるのだ。
 そして、勇者たるもの、引き際を誤ってはならない。……そろそろ、振り絞った勇気も限界だった。
「メリークリスマス。それじゃ、僕はこれで。皆さん、良い夜を」
「あ……、……」
 指先も冷えてくる頃だ。話も一段落したところで、切り上げるにはここがベストだろう。
 それにしても、雪と星空とイルミネーション、こんな絶好の夜にちょうど良く姫様と出会うなんて。何もないクリスマスかと思いきや、思わぬ所で幸せは訪れるものだ。なけなしのお金と勇気、きっと無駄にはならなかった。

 今日は帰って、ケーキを食べながら、小さな幸せの余韻に浸ろう。――そんなちょっとした空想から僕を呼び戻したのは、他でもない、姫様だった。
「……あ、あのっ、勇者さまっ!」
 不意に呼ばれて、足を止める。振り返ると、姫様がすぐそこにいた。
 か細い声が、それでも精一杯に言う。
「そ、その……、……よ、よろしければ、その……」
 ――私と、一緒に……。
 そんな感じの言葉が確かに聞こえた、気がした。これはきっと、サンタか誰かが僕に見せた、聖夜の幸せな夢なのだろう。
 こんな聖夜に、僕は少しばかりの祈りをかけた。――願わくは、この夢がもう少しだけ続きますよう、と。


( おまけ>> )

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タイトル訂正:非リア(※だと自分では思っているらしい)勇者とお姫様。
ちゃっかりプロフィール欄の好きなものに「姫」を入れちゃう勇者。
勇者ああああフィーバーアニメでカッコイイ所見せた勇者に全力ハートマークな姫様。
とりあえず、最後にひとつだけ。 爆発しろ!!(