十二月が訪れた。うっすらと雪が降り積もり、寒さが厳しさを増す季節だ。その日の朝も、少年はいつものようにドアを開けて外に現れた。
「さっ、寒い……」
朝の肌寒い空気の中、彼は息を白くして肩を震わせながら郵便受けの前へと歩いていく。村の中での連絡に使われたり、時には知人からの手紙が届いていたり……その用例は幅広い。そのため、それを毎朝確認するのはもはや少年たちの日課でもあった。
「よいしょ、っと。結構色々入ってるなぁ……」
彼は郵便受けの蓋を開けて中身を一度に全て出すと、足早に家へと戻っていった。
「おはよう、ポト。朝からお疲れ様」
ドアを閉めて靴を脱いでいる彼に声をかけたのは一人の少女だった。
「あ、ミト。起きてたの?」
ポトはそう言いながら暖かい居間へと急いだ。すぐにその後を彼女が着いて歩く。二人が居間へと入るのとほぼ同時にもう一人の少年が階段を下りてきた。
「ルト! おはよう!」
それを見たポトとミトはほぼ同時に声をあげた。ルトは二人に「ああ」とだけ答えてソファーへ腰掛けた。
ポトは暖炉の前に座って冷えた身体を暖めながら、手に持っていた郵便物を目の前に広げる。それを手際よく仕分けしていく途中、彼は他とは違った感じの手紙を見つけた。レースで縁取られたその封筒を手に取り、交互に裏面と表面の両方に目を通す。差出人はリデル、宛先はポトになっているようだ。彼は一体何だろうかと首を傾げた。
「ポト、どうしたの?」
ミトが背後から彼を覗き込むようにして話しかけた。その様子を見たルトも、立ち上がって静かにポトの後ろへと近付いていく。
「リデルさんから手紙が届いたんだ。僕宛てみたいなんだけど……何だろう」
「うーん……とりあえず見てみればいいじゃない」
ポトはミトに促されてそっと手紙の封を開け、少しの間黙って便箋を見つめていた。
「……招待状、らしいな」
手紙の内容を見て、ルトがぽつりと呟いた。ポトとミトもその文面をまじまじと眺めている。
「わぁ、クリスマスパーティだって!」
「良かったじゃないか」
ミトとルトは同時にポトの肩を叩いて微笑んだ。だが、当のポトは少々浮かない表情をしていた。
その理由は至って簡単な事だ。
「良いなぁ、私たちも一緒に行っちゃダメ?」
「……残念だが、俺たち二人は留守番だな。向こうの都合もあるだろうし」
ルトのその言葉にミトは「やっぱりそうだよね」と肩を落とした。
そう、ポトが先程沈んだ顔をしていた理由はまさにそこにある。その招待状の宛先には彼の名前しか記載されていない。招待されたのは彼一人だけだった。
もちろん、パーティーへの誘いは悪い事とは思っていない。寧ろ、願ってもない程嬉しい事だ。だが、彼はやはりクリスマスは三人一緒にいたい気持ちを捨てきれないでいた。
「うーん……、僕……」
どうしたらいいだろう。そう言おうとしたポトを遮ったのはミトだった。
「なーに迷ってんのよ。折角の機会でしょ、行ってきなさいよ」
パーティーに参加するのか否かを決めかねている様子のポトに対し、彼女はさらに付け加えて言う。
「わざわざ早くから招待状まで送ってもらったんだから。行った方がきっとリデルさんだって喜ぶわ」
「で、でも……」
なおも頭を捻っているポトの側に近寄り、ルトがそっと彼に耳打ちした。
「もうお前も解ってるだろ。あいつはあいつなりにお前に楽しんで来て欲しいって思ってる」
それを聞くと、ポトは軽くうつむいた。そんな彼らの様子を知ってか知らずか、ミトは再びポトに声を掛ける。
「ま、とにかく行ってきなさいって。お土産話くらいはいっぱい準備してきてよ」
ミトとルトはちらりとポトの方へ視線を移した。
ポトは少しの間何も言わずに考え込んでいたが、やがて顔を上げて二人を一瞥した。
「決めた。僕、行ってくるよ。……ありがとう、二人とも」
笑顔でそう言うと、彼は日程や場所などの手紙に書かれた事項の確認を始めた。そんな彼の姿を見て、ミトとルトは言葉を交わさずに会話し、互いににこりと笑っていた。
*****
ポトにとって、パーティー当日までの時間はとても短いように感じられた。
その日、彼は朝のうちから時間や場所についての最終確認をしていた。
「夕方頃までに集まればいいのか。……あと少ししてから出れば丁度良いかな」
「あ、ポト。いよいよクリスマス当日ね。パーティーも確か今日だったわね」
彼に声を掛けたのはミトだった。振り返ると、彼女の側にはルトも立っていた。
「うん、もうそろそろ行こうと思うんだ。ちょっと待ってね、着替えてくるから」
ポトは立ち上がり、招待状を小さな鞄に入れて脇に置いて部屋へと戻っていく。数分後に居間へと来た時、彼はきちんとした正装に身を固めていた。
「うーん……やっぱりこういうのはガラじゃないなぁ」
「あはは、結構似合ってるわよ」
「なかなか良いんじゃないか?」
ミトとルトは照れ気味のポトに一声かけて笑っていた。
彼は最低限の持ち物の入った鞄をつかむと、そのまま早足で玄関へと向かった。
「それじゃ、行ってきます!」
外へ飛び出していった彼に向けて手を振ると、二人はその場で話し始めた。
「……さて、私たちはどうやって暇潰ししようかしら?」
「……さあ、どうするかな」
彼らは軽く首を傾げて考えながら居間へと戻っていった。
*****
草原の道を延々歩き、美しい森を抜け、切り立った山道を通り……その先に城がそびえているのが見えた。そこは何故か昼間でも暗く、何故か辺りにはちらほらと墓が見受けられる。
何となくおどろおどろしい場所ではあるが、ポトはそれを別段ものともせずに城へと足を進めていった。突然現れるコウモリやネズミには驚かされたが、彼には恐怖などの負の感情は特に無かった。日々のモンスター退治と比べればこの程度はどうという事もないらしい。勇者を目指しているというのも口だけではない――そこまでの長い道のりを彼は黙々と歩き続けていった。
そうして、彼は予定より若干早く城の目の前まで辿り着いた。お城というだけあって、近くから見上げるとやはり迫力がある。
しばらくその外観を眺めた後に、そっと門の側に近寄って呼び鈴を鳴らしてみる。
『あら、いらっしゃい』
どこからか聞こえてきたのはリデルの声だった。
相手がどこにいるのかは解らなかったが、彼は「ポトです、どうもこんにちは」と挨拶をした。
『待って下さいね、今ご案内しますから』
穏やかな声でそう言われた直後、彼の身体は既にその場から消えていた。
驚きの声をあげている暇すらも無かった。彼女の声が聞こえ、直後に意識が一瞬だけ飛び……気が付いた時には、彼は部屋の中にいた。
目の前には大きな丸テーブルがあり、彼はそこにある席に着いていた。
「では、改めまして……ようこそいらっしゃいました」
すぐ隣から声が聞こえた。振り向くと、そこにいたのは紛れもなくリデル本人だった。ポトは目をぱちくりとさせながら、かろうじて「どうも……」と小声で答えて頭を下げた。
「あら、ポトじゃない! あなたも呼ばれてたのね!」
突如、近くから誰かの声が聞こえた。声のした方に、ふわふわとした赤髪の少女が手を振っているのが見えた。彼はその少女がよく知っている人物だと気付くと明るい声をあげた。
「アリスちゃん! わぁ、来てたんだね!」
彼の言葉にアリスはにこりと笑って頷いた。
「私たち、結構早く着いたみたいね。もうすぐ他の人たちも……ほら、今来たみたい」
彼らは先程まで誰もいなかった座席に目をやった。先程の彼と同じように、再び誰かが席へと現れる。そこに来た二人もまた彼のよく知る人だった。
「ななこちゃんとそらまめくんだ! 久しぶり!」
「ハァイ! 二人とも、元気だった?」
その声に気が付いたななこは晴れやかな様子で彼に声を掛けた。
ななこやそらまめも、アリスと同じように以前のポップンパーティーで会った事がある。また、彼らが出演する番組『ポプキッズ☆』もこの世界では有名なため、二人の事はよく知っている。
「お久しぶりです、アリスさん! 再びお会いできて嬉しいです!」
「うふふ、ありがとう」
そらまめはアリスの姿を見るなりテンションが上がった様子で話し始める。そんな様子を見たななこは、彼を軽く肘でつついて制した。
「ちょっとそらまめ、あんた少し落ち着きなさいよ」
「だってさぁ……あ、他の人たち来たよ。これで全員みたいだね」
現れたのは金髪の少女と細目の少年だった。彼らはそれまで空いていた席――ポトから見て右側の二席だ――にそれぞれ腰掛けた。
これまで彼らには一度も会った事が無かったせいか、ポトはどう反応するべきかに迷っていた。
「! あ、あなたはもしかして……」
不意に声をあげたのはななこだった。隣に座るあの細目の少年を見る彼女はどこか活き活きとした表情をしている。そんな彼女を見て、少年は何も言わずにこくりと頷いた。
「やっぱり! まさか本当に会えるなんて……!」
話がよく見えないが、あの二人は何か有名な人物なのだろうか。ポトは密かに考え込んでいた。
嬉しそうにはしゃぐななこに、そらまめは若干不満顔で言う。
「もー、自分こそもうちょっと落ち着いたらどうなのさ」
「うるさいわね、全く。それはそれ、これはこれよ」
二人の話を聞いたポトとアリスは、顔を見合わせて「仲が良いんだか悪いんだか」と笑っていた。
「……さて、皆様お揃いのようですね。では、早速始めましょう!」
ほどなくして、リデルはそう言って杖を一振りした。その瞬間、テーブルの上に数々の料理が現れる。その不思議な現象と美味しそうな料理に、皆の気分も一瞬のうちに高まった。
「さあ、どうぞお好きな物をお取り下さい」
パーティーは、彼女のその言葉を合図に始まった。