テーブル上の料理はどれも豪勢なものだった。肉料理や揚げ物の他、色とりどりの野菜の炒め物や各種のフルーツも揃っている。使われている食材の種類も様々だ。飲み物も色々と用意されていて、まさに至れり尽くせりだ。
彼らはまず各々の好む物を手に取っていた。数種類の紅茶を飲み比べるアリス、美味しそうなステーキを皿に取るななことそらまめ。ポトの隣に座る二人はそれぞれ白ワインと赤ワインを飲みながらテーブル上を一通り眺めている。先程は彼らを『少年と少女』と形容したが、どうやら二人とも酒は飲める年齢だったらしい。
そんな風に何気なく皆の様子を見ていた時、ポトはまだ隣の二人の名前を知らない事に気が付いた。
――何か話す機会でもあればいいのにな。
柔らかそうなステーキを一切れ取って皿に載せつつ、彼は心密かにそう思っていた。
どれくらいの間だろうか。彼は無意識のうちに少しだけうつむいていた。 料理を食べるのに夢中だったのか、それともただぼーっとしていただけなのだろうか。
彼がふと気が付いて顔を上げると、テーブルを挟んで反対の方にに美味しそうな料理があるのが見えた。
どうやらあれはローストチキンのようだ。こんがりと綺麗に焼けた皮が食欲をそそる。――だが、ここからでは手が届かない。ひとまず諦めて、余裕があれば後で食べる事にするべきか。
彼はグラスのシャンメリーを一口飲みながら、何気なくそんな事を考えていた。
次の瞬間、彼の隣に座る少女が素早く向こう側に手を伸ばした。
彼は驚いた。……いきなりの出来事に、そして何より彼女の腕の長さに。その腕ならばテーブルの端から端までなど楽に届いてしまうのではないかとさえ思える。
彼女はローストチキンの持ち手をつかみ、食べやすそうな脚の部分をちぎってポトの皿の上に置いた。
「あ、ありがとう、ございます……」
ポトが少々こわばった声で礼を述べると、少女は相変わらずの無表情で頷いた。
「……あ、あの」
彼は少女におそるおそる声をかけた。彼女は返事をする代わりに軽く首を傾げてみせる。
「お、お名前……教えてもらってもいいですか? ま、まだ訊いていなかったもので……」
彼女が少しの間黙っていたため、彼は余計な事を言ってしまったかと内心焦っていた。
「……エバ。それと、トナリにいるのはジョルジュ。……よろしく、ポト」
彼女は少し遅れてそう答える。紹介されたジョルジュもポトの方へと向き直り、軽く黙礼をした。ポトの名を知っていたのは他の人との会話を聞いていたからだろうか。
エバはそっとポトの方へ手を差し出した。一瞬の間の後、彼は握手を求められているのだと理解する。そうして彼はその手を握り、「こちらこそ」と微笑んだ。
その時も彼女は相変わらずの無表情だったが、彼はそこはかとなく気持ちが明るくなるのを感じた。これまであまり会った事の無い相手とも楽しく話す事ができるのなら嬉しい。彼は心の中でそう思った。
実は彼女たちが演劇一座のスターである事を彼が知るのは、それからしばらく後の話だった。
時間の経過と共に、テーブルの料理は瞬く間に消えていった。
「……では、最後にケーキをご用意しておりますので」
リデルのその言葉と同時に、テーブルには先程の料理の代わりに大きなケーキが現れた。
「わあ、凄い!」
「美味しそう!」
まず最初に声をあげたのはアリスとななこたち女性陣だった。
エバは特に何を言った訳でもないが、ケーキが好きではないという事は特になさそうだ。
「わぁ、あのご馳走の後にこんな大きなケーキまで……! でも、こんなに食べきれるかな?」
「大丈夫! 絶対食べきれるわ!」
そらまめがふとこぼした一言に、ななこは自信満々に答える。アリスもそのケーキを食べる事を楽しみにしているようだ。やはり多くの女性にとって甘い物は別腹なのだという事を改めて認識させられる。……とはいえ、やはりエバだけは全く表情を読む事が出来なかった訳だが。
一同はケーキを取り分け、それぞれ自分の皿を手にとって食べ始めた。
「んー……凄く甘〜い」
「はぁ〜……美味しいなぁ」
ななことアリスがうっとりとした表情と声色で言う。
ほんのりと甘いクリームにふわふわのスポンジ。その美味しさはポトにもよく解る。
「……あ、ポトは最初にイチゴ食べるタイプなのね」
「え?」
突然アリスに声を掛けられ、ポトは一瞬きょとんとした顔をした。
「甘い物食べた後にイチゴ食べたら酸っぱいから……」
「うーん、なるほど。でも私はそれが逆に良いと思うのよ」
よく見ると、今のメンバーもイチゴを最初に食べる人とそうでない人の二派に分かれている。
彼が首を傾げていると、リデルがぽつりとアリスの話に付け加えて言った。
「口の中が甘くなった時、あの酸味は結構さっぱりしますしね」
アリスは表情を明るくして「そうそう、そうなんですよね!」とリデルの言葉に賛成した。
向こうの方には、そらまめがななこにせがまれてイチゴを一つ渡しているのが見える。ジョルジュとエバは、時々何か話しながらも静かにケーキを食べていた。そんな彼らの楽しげな様子を眺めながら、ポトはまた一口分のケーキを口に運んだ。
ななこが宣言した通り、今やあの大きなケーキは跡形もなく皿の上から消えていた。
時はあっという間に過ぎていく。外がすっかり真っ暗になった頃、パーティーは終わりを迎えた。
「皆様、今日は本当にありがとうございました」
そう言って微笑むリデルに、皆は感謝の言葉の代わりに拍手を送った。
リデルが参加者たちのもとへ駆けていき、それぞれ何か話しているようだ。ポトはそんな様子を見ながら、皆より一足遅く身支度を済ませた。
席を立とうとしたポトに、リデルがそっと歩み寄って話しかける。
「ごめんなさいね、お友達の二人も呼ぼうと思っていたのだけれど……」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。それを聞いたポトは慌てて口を開く。
「そ、そんな事……! わ、わざわざ呼んで頂いたのに……あ、謝る必要なんて……!」
しどろもどろになりながらもフォローを入れるポトに、リデルはリボンのかかった箱を手渡した。
「? あの、これは……」
彼はそのプレゼントボックスを受け取ると、きょとんとしてそう尋ねた。
「小さめのものですが、クリスマスケーキです。明日か明後日くらいまでは食べられますので」
彼女は皆のための手土産を用意していたらしい。目を輝かせて「いいんですか?」と問う彼に、リデルは穏やかな表情と声色で答えた。
「ええ、是非お持ち下さい。皆様の知人様方にも何かご用意したかったものですから」
「どうもありがとうございます、リデルさん!」
彼は満面の笑顔を浮かべてそう言った。それを見た彼女もまたにこりと微笑んでいる。
「今度はお友達も一緒に招待しても良いかしら」
彼女がそう言うと、彼は意気軒昂として「喜んで!」と笑って見せた。
「……それでは、そろそろ失礼します。今日は本当にありがとうございました!」
ポトは改めてリデルに礼を言って頭を下げると振り返って皆と共に外へと駆け出して行った。
「皆さん、是非またいらしてくださいね」
リデルはそう言ってポト達に手を振った。皆もその場で振り返り、彼女に手を振り返した。
徐々に視界が霞んでいく。次に気が付いた時には、自分たちはもう城の外にいるのだろう。
その場から自らの姿が完全に消えるその時まで、手を振るのをやめる者は誰もいなかった。